≪2≫ 「いいですか。呪い解く薬の材料となるのは、精神の粉、メロウの背びれ、浄化の果実──」 野暮ったいローブに身を包んだ女魔術師が、淡々とした口調で語る。 とある事情でネネルは薬を求めて、わざわざ山間にある魔法都市スマグまで足を運んだ。 住人の口ぶりや着ているものもそうだが、街全体が田舎臭い。都市などと称しているが、スマグのたたずまいは村か町といった程度で、主要な都市のひとつであるとはお世辞にも言えない場所だった。 「精神の粉、メロウの背びれ、浄化の果実……」 ネネルは律儀に挙げられた材料を復唱していく。 スマグの街角でようやく見つけた女魔術師カラに、ネネルが事情を打ち明けたところ、薬の材料を集めてくるように頼まれたのだ。 いずれも聞いたことのない品ばかりだが、浄化の果実をのぞけば簡単に手に入れることが出来そうだった。 「これだけでいいんですか?」 「えっと、じつはもうひとつ……」 カラと名乗った女魔術師は、そこで頬を赤く染めて口ごもる。 「あとひとつは、何ですか?」 「あの、その……オクトパストンから採取できる……」 「オクトパストン?」 ネネルが記憶をさぐると、すぐにその名が思い浮かんだ。 メロウやイリュージョンと同じく、ギルディル川に棲むという生き物であるらしい。人々から首なし怪物と称されているが、幸か不幸か彼女はまだ目にした事がない。 しかし、ギルディル川で手に入るなら話は簡単だった。 ネネルは以前、指輪作りの材料を取りに行くため、川沿いの洞窟に何度か足を運んだことがある。 そのときの狙いはリザードマンで、他の生き物との戦いは極力避けていた。だが、件の怪物がべつだん恐れるほどの強さでないことは充分わかっている。 この程度なら薬の材料集めも、簡単に済ませられるに違いない。 「オクトパストンなら、そんなに手こずることもないと思います」 ネネルは如才なく、女魔術師に微笑みかけた。 「もっとも、コボルトのように飼い慣らすというわけにはいきませんけどね。ケルビーも召喚できますから、捕まえるのにもさほど苦労はしないはずです」 「ああ、いいえ。そうじゃなくって……」 自信たっぷりのネネルに、カラが困り顔を返す。 「もうっ……手に入れなくてはいけないのは、オクトパストンの……」 「……の?」 「お、オクトパストンの樹液なのよっ」 カラは一気に言ってのけると、再び顔を赤らめてうつむいた。 (この人、なんで照れてるんだろう……) さっぱり意味がわからず、ネネルは小首をかしげる。 そもそも相手は動物に近い怪物であるのに、樹液という表現はおかしい。 その点が気になって、彼女は女魔術師に納得のいかない目つきを返していた。 「あの、オクトパストンって生き物ですよね?」 「ええ、そうよ」 「それじゃあ、どうして樹液なんですか? 血とか涙ってわけではなさそうだし……」 少女の質問にカラは顔を覆って、満面を朱に染める。今にもこの場から逃げ出しそうな雰囲気だ。 「だから、これは……隠語というやつで……」 「はあ」 「樹液ってほら、わかるでしょう。男の人の体を喩えたものよ」 そこでようやく初心なネネルにも合点がいった。 樹液というのはおそらく隠語のたぐいなのだろう。いかにも学識ぶった連中が、書物の中で使うことを好みそうな言葉だった。 「ええっとぉ……それってもしかして……」 ネネルが言いよどんでいると、カラが先に答えを告げる。 「せ……精液のことよ」 「せい……えき、ですか」 驚きのあまり、ネネルは何も言えなくなった。 スマグの街角に佇んだまま、二人の女は気まずい空気に包まれ、しばし黙り込んだ。 |