≪3≫ ベスティンから話を聞いたあとで、リーデリアはソルティーケーブのさらに奥へと向かった。 『……倉庫として利用していた場所をケーブ族に襲撃され、ワインを奪われたんだ』 彼は口いっぱいに塩を押し込まれて、ようやく理性を蘇らせたらしい。少女に非礼を詫びながら、それまでの経緯を語ったのである。 ぽつぽつと語られる説明の中で、彼女は重要な手がかりを得た。 ケーブ族には襲撃で得た品をリーダーに献上するならわしとなっているとの点だ。 いかにも原始的な身分制度があるのだろう。おそらく目的の品は、そのリーダーが持っているに違いない。 そんな理由があって、リーデリアはケーブ族の集落に忍び込み、最深部へと近づいていた。 「……うぅ〜。なんなの、この匂いはぁ〜」 ケーブ族の生活している空間は、文明化された街とは程遠い野性的な臭気が漂っている。 ここまで来る途中にカニの群生地があるせいなのか、やたらと潮の臭いが鼻についたものだ。鄙びている漁村じみた生臭さに加え、風呂に入る習慣がない動物特有の脂じみた臭いが漂っている。 さらには洞窟の岩盤から染み出る、塩分を含んだ水が洞窟全体に広がり、あたりの空気をジットリとよどませていた。 「さっさとワイン取り戻して……空気の良いところに帰らなきゃね、っと……」 リーデリアはぶつくさと呟きながら、粗末な木で組まれた柵を乗り越える。 ──がりゃんがりゃんがりゃん……。 その途端、いくつもの貝殻をぶつけあわせたような、耳障りな音が派手に響き渡った。 「あ、あれ……?」 匂いに気をとられていたリーデリアは、いきなりの警鐘に青い目を丸くする。 すっかり油断して気づかなかったが、彼女の足元に一本の縄が張られていた。 どうやら、それが罠だったらしい。直後、原始的な警報装置を取り付けていた連中が、あたりに足音を響かせだした。 「キャア! ギャア!」 リーデリアの周囲が、一瞬にして赤い隈取りの群れに囲まれる。 彼女を中心に殺気だったケーブ族の一団がずらりと居並ぶ。その数は、およそ三十ほどにもなるだろうか。 少女は首筋に冷たい汗を感じながら、えへへと美貌に愛想笑いを浮かべる。 「あ、あの〜……ワイン返してほしいんですけど〜」 「奪え! 殺せ!」 ケーブ族の集団は、問答無用とばかりに襲い掛かってきた。 「話ぐらい聞いてよねーっ!」 孤立無援のリーデリアは、その場から一目散に逃げ出す。 あまりに数が多くて、まともに戦ってもこれでは勝負にならない。 集落の中を蹴散らしながら、リーデリアと彼女を追う一団が走り抜けていく。 「あぁん、もうっ……こうなったら!」 彼女はくるりと振り向きざま、頭上に右手を差し伸べた。 握ったワンドをきらめかせつつ、体をリズミカルにゆらめかせる。一連の得意な魔法を披露するモーションだ。 「ダンシング!」 少女の美声が軽やかに響くと、ケーブ族の頭上から七色の光が降り注ぐ。 先頭を走っていた集団は、もろにその光を浴びると、リーデリアの振り付けにあわせて踊り出す。 その場で足踏みする連中めがけて、きらめくワンドが振り下ろされた。 「ウルトラ・ノヴァーッ!」 降り注ぐ閃光が目を射る輝きを放ちつつ、ケーブ族の一団を地面に叩き伏せる。 質量をともなう星界の物質がからみつくと、追っ手の動きはたちまち鈍くなった。 普段はこれで時間を稼いで、さらに攻撃を繰り出すのがいつもの戦法だ。だが、直後に後続がわらわらと迫り寄ってきてしまい、たたみかける暇がない。おかげで彼女は、再び追いかけっこを繰り返す羽目になった。 「ひーん。これじゃあ、キリがないよ〜」 泣き言を口走りながら走るリーデリアの前に、緑の隈取りで飾られたケーブ族が立ちふさがる。 「……ノヴァーッ!」 もはや足止めをする余裕もなく、彼女はいきなりの攻撃を放った。 輝く光が敵を打ち据える、まさにその瞬間のことだ。 「え、えええっ? なんでーっ!?」 魔法の攻撃は、予想外の結果を見せた。 相手は流星の輝きに射られても、まったく堪えた様子もなく平然としている。 さしてダメージを受けた様子もないまま、勢い良く突進をかけてくるケーブ族。後方から追撃してくる集団も迫り、さらには攻撃を受けて怒り狂った連中が四方八方からわらわらと群がってくる。 もはや逃げ場もないありさまに、さすがの魔女も立ち往生するばかり。 リーデリアはうろたえながら身振り手振りを繰り返す。どうにかこの場を逃れようと、必死で息の荒い連中に愛想を振り撒く。 「ちょ、ちょっと待ってー! 降参、降参だから……ね。ワターシ、シオ、キラーイ。だから、ね……」 狼狽しつつ片言で話そうとする彼女の後頭部に、振り下ろされた棍棒がぼこんとぶつかった。 |