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『退魔剣アズサ』




   ≪1≫

 放課後の体育用具室に、けたたましい音が響いた。
「……ひゃああああーっ!」
 グラウンドにラインを描くための白墨が舞い上がって、あたりが白く染まる。
 煙の中から軽く咳き込む声に続いて、小柄な影が這い出でてきた。
「けほっ、ごほっ……あいたたた……」
 体操服を着た、ポニーテールの少女が肘をさすりながら立ち上がる。
 ほっそりとした腕の中ほど、肘のつけ根あたりが赤く腫れていた。
 どうやら片づけの最中に、どこかにぶつけでもしたのだろう。そのせいで、壁に立て掛けてあったポールが二、三本ほど倒れていた。
「ああもう……やっちゃった。びっくりさせないでよね」
 彼女自身は驚いただけで、さしたる怪我はないようだ。
 いたって元気な様子で、愛らしい頬を膨らませながらポールを元の位置に戻していく。
「誰よ。こんなふうにしたの。これじゃあ、すぐに倒れちゃうじゃないの……もー」
 ぶつくさと文句を口に出しながらも、手際がいい。
 バレー部に所属する少女は、根っからマメな性格の持ち主だった。それにもうすぐ秋の大会も近いせいか、先輩たちがイラついていることも多い。一年で下っ端の彼女はちょっとしたことで怒られることもあって、備品の整理といった程度のことでも手が抜けないのだ。
「……これでよし。と……」
 散らかした物を今度は倒れないように壁の隅に追いやり、本来の役目に戻る。
 部活で使った備品の整頓。ボールやらネットやらを運び込んで、決まった位置にまとめていく。かさばる品も多いので、一時間や二時間ほどかかってしまうこともめずらしくない。
 それが終わる頃には、すっかりと日が傾いていた。
「やだ……時間かかっちゃったな」
 窓から射し込む日を頼りにしていたせいで、室内はすでに薄暗い。
 さっきまで外から響いていた、部活にいそしむ生徒たちの声はいつのまにか消えている。夕暮れの日さえも入り込まない角度になっているのか、時が過ぎるごとにあたりが冷え込むかのようだった。
(なんか……イヤな感じね……)
 早く帰ったほうがいいかもしれない。
 彼女でなくても、そう思いたくなる雰囲気だった。
 どこが、と聞かれても誰にも答えようがないだろう。
 おそらく誰もが『なんとなく』だとか、『よくわからないけど』と返すに違いない。
 霊感が強く、また賢ければ、何も言わずにそそくさとこの場を後にするはずだ。あるいは、最初から理由をつけて入りたがらなかったかもしれない。
 ごく普通の少女には、ただぼんやりと落ち着かない空気を感じるだけだった。
「早く帰ろ、っと」
 出口に足を向けた、ちょうどそのとき。
 ──ガタッ!
 背後で物音が響いた。
「ひっ……」
 息を飲んで振り返る。
 すると、部屋の一角に積み上げられていたはずの跳び箱が崩れていた。
「ちょっと……なんなのよ」
 不満げな声とともに、軽い舌打ちを響かせる。
 そんな様子ではありながら、生真面目な性分が顔をのぞかせた。
 崩れた跳び箱を積み直そうと、彼女が急ぎ足で前に出る。
 その直後のことだった。
 物陰からすべるように出てきた細長いものが、少女の手にからみつく。
「い……いやあああああっ!!」
 全体をぬめりに覆われたチューブ状の肉管が、細い手首を捕らえる。
 続けてしなやかな足、くびれた柔腰に巻きつく。瞬く間に彼女の全身が肉の縄で絡め取られ、健康的な肢体が空中に運ばれていった。
「な、なんなの……なんなのこれぇ!? やめてえええっ……」
 悲鳴をあげてもがくうちに、触手の先端が体操服の中にもぐり込む。
「ひっ……やっ、いやぁ……」
 人間のものではない、ヌメヌメとした湿り気を帯びた器官が少女の身体をまさぐる。
 白い肌の上に粘液が塗り広げられていく。触手の表面は粘膜状で、冷たい体液を分泌し続けている。そうであるにもかかわらず、太い肉管そのものは人肌の温度を保っていた。
 危機感に怯える少女の柔肌が、熱い火照りを帯びる。
 異形の怪物から滲み出る体液が、上気して赤身に染まった肌から熱を奪う。同時に、手足にからみつく生温かい肉縄が、身体の端々までをも心地よいぬくみで包み込む。
 信じがたいことに彼女の神経は、肌から染み込んでくる快感の波に見舞われていた。
(うそ……こんなのが、なんで……こんなものに触られて、気持ちいいはずがないのに……)
 少女の理性が魔物のもたらす快楽を否定し、拒もうとする。
 触れられただけで性感が刺激を受けていた。それをこらえようとする彼女をさらなる魔悦に導くべく、触手がくねり、敏感な場所をさぐり出す。
「いやぁっ! やめ、て……はひ、ひ、やだ、誰か……たす、けて……」
 ピチピチの太腿を締めつける肉の縄。
 太い触手が少女の股座に狙いをつけるように、ヒクつく。その先端はペニスとそっくりで、傘を開いた松の実を思わせるほどに肥大していた。
「やだっ……こないで! い、イヤ……ひ、ひいっ……」
 男性器とうりふたつの器官が、少女の鼠径部から腿のなかばまでを包むスパッツの裾にもぐり込む。
 いきった先端部がゆるやかに進む。まるで草むらの中を這い進む蛇のように、慎重かつ執拗な速度で女体を侵略していった。
「や、やめて……ひぁ、そこ……ダメぇ……」
 やがて膨らんだ穂先が、ふっくらとした恥肉の盛り上がりに到達する。
 触手は女性器の周辺を彩る、みずみずしい柔肉を味わうように這い回った。
 締めつける布地の下で、ずっしりと重い肉管が、柔らかい秘肉を押し揉む。とたんに少女は子宮の奥にキュンとくる感触に襲われ、美肢体をはかなく震わせた。
「あぐ、う、ぁふ……そんなところ、やめ……ひぁ、うぅ」
 一方的に官能を煽られながら、自由にならない手足をもがかせる。
 逃れようとすると、触手がますます絡みついてきた。
 表面の粘膜に吸着作用でもあるのだろうか。少女の周囲に垂れている太さもまちまちの肉縄が、体を動かそうとするたびにまとわりついて、今ではすっかり全身が触手まみれとなっていた。
(なんで……こんな、ヘンなことされてるのに……体が……蕩けちゃいそうなのぉ……)
 ネバつく肉チューブに触れた部分から、また快感が広がる。蠢く触手が、どんな男の指よりも巧みな動きで、性感の神経が多く集まっている場所をさぐり出していく。体中の性感帯が曝け出され、ひとつひとつに刺激が加えられていった。
「なんで、こんな……あ、ああ、ああぅ……あはぁ……」
 少女の唇から、艶かしい声がこぼれる。
 おそらく垂れ落ちてくる粘液に、媚薬じみた効果でもあるのかもしれない。ひともがきするたびに、腰の奥から疼きが広がり、これまで強い刺激を受けたことのない膣畝が潤みを帯びていく。
 少女の膣口から匂い立つ愛蜜の香りを嗅ぎとったのだろうか。
 スパッツの裾から潜り込んでいた亀頭状の先端部が、布地を押し上げ、蛇のように鎌首をもたげる。
 いきり勃つ穂先が、牝臭を漂わせる秘裂にグッと押し当てられた。
「あ……や、やだっ……や、やめ……」
 彼女の純血が奪われそうになった、まさにそのとき。
 シャッ……と、銀色の輝きが空中をよぎる。
 触手の束が切断され、宙吊りにされていた少女が床に落ちた。
「……う、うう」
 痺れた身体を震わせている彼女を、誰かが抱き起こす。
「大丈夫?」
「あ、あう……」
「悪い気を当たられたみたいね。じっとしてて」
 少女のみおぞちに、暖かいものがあてがわれる。
 彼女を助け起こした相手の右手だった。木刀を握っている。不思議なことに木の太刀は、白く、ほのかな輝きを放っていた。
(さっきの光……わけわかんない怪物を切ったのは、これ……なの……?)
 少女は直感的に、自分を助けてくれた相手を理解する。
 化け物の姿は消え失せていた。切り落とされたはずの触手さえ、跡形もなく消えている。
 しばらくすると身体の痺れが抜けて、呼吸が楽になってきた。
「あの……あなた、誰?」
 彼女は自分の恩人──いや、貞操の恩人とでも言うべきか。
 危ないところを救ってくれた相手に、ぼんやりと問いかけた。
「神室木アズサ」
 アズサと名乗った少女が、どこかおどけた声で答える。
「ボクは、その……転校生、ってところかな。正確には、明日からなんだけどね」
 冗談めかした口調で言って、アズサはにぱっと微笑んだ。




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