≪2≫ 大阪から東に五十キロほど。 おおよそそのあたりの位置に、服部半蔵など高名な忍者を輩出した伊賀の里がある。 そこからさらに伊賀街道に沿って東に進む。すると、名古屋まで抜ける道中に、笠取山、経が峰、霊山などの連山が立ち並ぶ。 その山の一角、髑髏峠という名の場所に今も忍びの技を伝える一族が住んでいる。 かの地で党首となるのは代々、鈴原家と決まっていた。 当代の長男として生まれた蛙太には天性の素質があり、後継者としての条件は申し分ない。それゆえ特に何事も無く、彼の人生は家のものたちによって将来の道すじまで決められた。 一族の男にしか身につくことのない忍法を使えること。 それこそが党首の座を次ぐ条件となっているのだ。そして、それゆえに蛙太は家中の期待を一身に受け、その忍法を磨き込まれてきた。 本人の意思とはなんのかかわりもなく、強制的に。 くる日もくる日も忍法修行に明け暮れる日々。 人里離れた山中で、つらく厳しい鍛錬を繰り返す。 それも、忍びの技をのちの世に伝えるためだけに。 忍者が活躍した時代から数世紀。世間的には今さら忍法などなんら需要があるわけでもなく、まして一族の中にはろくに里から出たことがない者すらいる。世間的にはまったく必要とされてないわけで、なんのために修行をしているのか、やっている本人たちもわかっていない。 二十一世紀にもなって、そんな暮らしをみずから進んで行うのは、よほどの変わり者だけだろう。 たとえそんな人物がいたとしても、それはごく少数の強靭な精神を持つ者だけに違いない。蛙太の外見は人並みはずれた醜さではあったが性格のほうはいたって温厚で、決して意思が強いほうではなかった。 そんな彼は、厳しい修行の日々に嫌気がさして、ついに里を抜けたのである。 自由を求めて旅立った結果は、ここに書くまでもない。 言い方を変えれば、ここに書くほどのことは何もなかった。 朝起きて学園に通って、授業を受けて、家に帰る。夕方からはゲームをしたりマンガを読んだり、たまにアルバイトなんかしてみたり。 その醜い風貌のせいもあってか、最初はめずらしがられたこともあった。けれど、周りもだんだんと慣れてきたのか、クラスでは特に目立つこともない。 容姿の悪さ以外には特にこれといった特徴もないものだから、次第に人の波に埋もれていった。そうなるともはや、世間の人が退屈と呼ぶ日常しかやってこない。 そんなふうに、特に何事も起きない平和な日々が訪れる。 争いとは縁のない、平穏無事な人生。 これこそが蛙太の望んでいたものであった。 されど──。 当然のごとく、忍びの運命が彼をそのままにしておくはずがなかった。 里の掟を破って逃げた息子を討つべく、蛙太の父は追手を放つ。 運命の非情さ、ここに極まれり。 あろうことか、追手として選ばれたのは蛙太の妹であった。 幼い頃より、自分の醜い外見を気にもせず慕ってくれた愛妹の楓である。 文字通りに目に入れても痛くはない。彼にとって、それほど大事な存在だ。 そんな彼女が、兄の命を断つべく刃を手にして迫ってくる。 はたして、蛙太の運命はいかに。 |